住宅に込める想い

心に対して答える家 住宅に求められるものは何かと言う問いは、例えば私たち人間を例に挙げると判り易いように思います。人間にとって最初に求められるものは何か?それはまず身体が健康である事だと思います。それを家に言い換えると、…

心に対して答える家

住宅に求められるものは何かと言う問いは、例えば私たち人間を例に挙げると判り易いように思います。人間にとって最初に求められるものは何か?それはまず身体が健康である事だと思います。それを家に言い換えると、構造がしっかりしていて、雨も侵入せず、気密断熱性能がよく、化学物質などの人体に害を与える物質を放出しない家。そうした物理的に性能のいい箱である事がまずもって重要です。しかし人間もこれだけでは十分とは言えません。感性が豊かで、人に優しいか?そうした心の有り様が問われます。これを家に言い換えれば、毎日をどういう心持ちで過ごせるか?家族がいい関係を持て、そこで育つ子どもはいい子になれるか?家は住い手の心に対してもプラスになり得ると思います。
絵画や音楽など芸術と呼ばれている分野は人の心のために在るものですが、建築も同様な役割があります。建築におけるこの役割は重要です。人の心に届き、気持ちをフレッシュにしたり元気にしたりするもの、それは空間の力です。

家をつくる事は空間をつくる事

ゆったりした気分になるとか、居心地が良くて集中できるとか、そういった気持ちに答えてくれる空間をどうやって作るか?そこが重要で問われるところです。空間は空気でできており直接目には見えないし触ることができないので、床や壁や天井を使って空間をつくり出すしか手はありません。
空間の形を決める部分として天井は特に重要だと考えています。平らなのか、斜めなのか、折れ曲っているのか、そして高いのか低いのか?その場所が最上階にあれば天井は屋根のすぐ内側に来るので、天井の形は屋根の形をなぞったものになり、内側の空間の形と外側の形が表裏一体になります。ある形を内側から見るとどう見えるか、これは建築しかなし得ない一番面白くかつ重要な所です。人の顔つきと内面の人間性との関係性は面白い所ですが、建築の面白さもそれと似ています。
中が空の箱に穴をあける事が建築をつくる事だとも言われていますが、空間の質を決めるもう1つ重要な事として開口部をどこにどう空けるかという事があります。空間の形+開口部の開け方で建築の質はおおよそ決まります。

多様なコミュニケーションの場をつくる

私たちは家の中で毎日同じ空間を眺め、同じテーブルで食事をとり、毎晩お風呂に入り、同じ天井を眺めながら眠りにつきます。生きる事は繰り返す事だと行っても過言ではありません。
住宅が人の気持ちの有り様や家族の関係に与える影響は日々の中ではごく小さなものですが、10年、20年と繰り返される事で及ぼす影響力は計り知れなく、そこが家の重要な部分で、設計の面白い所です。
私は、例えば家族の団らんを象徴するような居間を家の中心に据えて、その周りに個室を配置すると言った様なプランをあまり好みません。家族のコミュニケーションのあり方を居間だけに限定するのではなく、例えば高さが少しずつ異なる居場所が分散的に置かれお互いが見え隠れしていると言った風に、上下の視線があったり遠くで声が聞こえたりと多様なコミュニケーションを計れる様に計画します。家の中で各自が居心地のいい場所を選ぶ事ができ、お互い心地良い距離を計りながら暮らす事が出来る家が良いと思います。

ありふれた材でつくるとびっきりの家

材料が良ければ良い程いい家になるのだろうか?そこは1つ誤解があります。例えば木材においては節の無い柾目のおとなしい表情から、節のある板目まで選択の幅がかなりあります。前者は清らかで繊細な印象になり、後者は粗く力強い印象になります。しかし我が国では例えば座敷に使う柱は節の無いおとなしい表情の材料を使うものだと相場は決まっている様に、清らかで繊細なものを伝統的に尊び、そうした材はコストも高く設定されています。既にできあがっている家の型に従って良い家を作ろうとすると良い材料と良い手を使うしかありません。
20世紀になり人の関係が等価になったという事は大きな出来事です。例えば数寄屋にしても民家にしても、完成された型は当然その時代の社会の成り立ちを反映したものですが、当時ははっきりした序列・階級のある時代でした。かつて完成された家の型だけを盲目的に今に引き継ぐのではなく、今日の対等で自由な人の関係を後押しするとびっきりの家を、ありふれた材料を使って作る事。そうした家をつくる事が私のチャレンジです。

裏方が重要

家の空間が日々の心持ちを良いものにしてくれるとしたら、私たちの身の回りにある「物」を如何に効率的に整理出来る家であるかが同時に求められます。それは収納の計画であり、衣類を洗濯し干し収納する計画であり、キッチン周りの食器や食材の収納計画などです。家に於ける日々の暮らしとは、まさにその辺りの繰り返しと言っても過言ではありませんから、実は家を設計する時の最重要なテーマは裏方をどう効率的に計画するかということになります。この検討にたくさんの時間を割き、知恵を絞ります。

過去を繋ぎ、人を繋ぎ、人と自然を繋ぐ家づくり

木や土や石や石灰の二次製品である漆喰など、長い使用実績があり、今後何百年先にも確実に存在しているであろうこうした材料は癖やばらつきがあり、表情も多様で、色も複雑で深い。そうした物を使うおもしろさは、もともと人間の都合のために生まれてきたものではない力を人工物である建築空間に付加してくれる事に他なりません。設計とは実に緻密な積み重ねの上に成り立っていますが、これらの材は最終的な建築空間を過度に繊細にせず、もう1つ別の広がりを与えてくれます。
杉や桧やさわら、そして土塗り壁といった比較的柔らかな材は空気を多く含んでいるため調湿性に富み、また人体に有害な物質を出さないという点でも具合がいいものです。木や土や漆喰の表情は、長い年月の中で色あせ、次第に建築をまわりの風景と同化させるのに力を貸してくれます。こうした材を使おうとする時、その扱いを熟知している職人の技術や鍛え抜かれた目がどうしても必要になります。過去をつなぎ、人をつなぎ、人と自然をつなぐ家づくりです。

建て主と一緒に固有の空間をつくる

私がこれまで設計して来た家はどれも皆同じような姿をしていないという事に気づかれていると思います。私はこれまで自分が設計してきた中で試みてきた作り方を自分の型として固定し、繰り返し同じようなものをつくる事をあまり良いと思っていません。それは、そこで行なわれる暮らしや価値観が皆さん同じでは無く、また、今日的で理想的な暮らし方というものも時代的にまだ見えていないからです。
どんな暮らし方をしたいか?あるいは暮らしの中にどんな可能性があるか?それに対して答える家は、これまで世に出ているタイプの中には無いかもしれません。設計を依頼して下さる方と一緒になって1つ1つ個別解として答えを出していく事しか手は無い様に思います。住い手のこんな風に暮らしたいという思いと、設計者のそのための理想の空間ヘの思いを、時間をかけて突き合わせ探していく作業が質に絡む最も重要な部分です。その作業は4ヶ月を標準期間としている基本設計で行ないますが、当社ではその間本当にたくさんの案と模型をつくります。1案1案確認しながら最終の答えが見つかるまでこの作業は続きます。